ご町内の、ある年配の男性の姿が見えなくなってほどなく、
その家が解体されて更地になり、売り看板が立っているのを見かけました。
ああ、お亡くなりになったのか、と思いました。
それから、暫くすると、その跡地には立派な新しい家が建ち、
かつての、面影を思い出せないほど、周辺の雰囲気が一変しました。
男性には、何十年も病院に入院していた妻がいて、
彼の母親が、その幼い三人の子供たちを育てたことは、
ご町内の誰もが知っていました。
おばあちゃんがお亡くなりになり、子供たちが成人して巣立って行き、
彼は一人暮らしになり、そして定年を迎えたころ、
街中を散歩をする姿を何度もお見掛けしました。
リュックを背負い、タオルを首にかけ、足早に何時間も歩くのだそうです。
何故かというと、高血圧症と診断されたけれど、投薬を断り、
歩いて下げるんだ!と張り切っていました。
ばったり出会った折に、立ち話でそんな話が出た時に、
余計なお世話かも知れないけれど、無理しないで薬を飲んだ方が良いでしょう、
臓器に圧が掛った状態を放置する方が心配でしょう、と言ったのですが、
歩けば良いと、数人の人にアドバイスされたと仰って、歩きを通す積りが伝わりましたので、それ以上余計な事は言わずにいましたが、
それから少し経った頃、脳卒中で倒れて病院へ運ばれたと聞きました。
「奥さん、良く私の顔を覚えていてくれて、声を掛けてくれましたね、今日は嬉しかったですよ、本当に。」と仰った、満面の笑顔が忘れられません。
若くして入院された奥さんと、30年以上も別れて暮らすという、ご苦労をなさった一生を思わずにはいられません。
この歳まで生きてきますと、この広い世の中には本当に色々な経験をされた方、
またご苦労をされた方、事実は小説より奇なり、という言葉が脳裏をかすめます。
私もいずれは最近見かけないけど、と思われて、いつの間にか居なくなっていた、
そんな時がきっと来ます。
一生は長い様で短いのだと、改めて痛感しています。